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広島高等裁判所 昭和34年(ナ)2号 判決 1960年5月12日

原告 塩見久市

被告 山口県選挙管理委員会

補助参加人 鵜原滋

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告代表者は「昭和三四年四月三〇日執行の下関市議会議員一般選挙の当選の効力に関し原告のなした訴願に対し同年九月一四日被告のなした訴願棄却の裁決を取消す。右選挙における原告の当選は有効とする。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として次の通り述べた。

一、原告は昭和三四年四月三〇日執行の下関市議会議員一般選挙に立候補して当選したものであるが、訴外安藤宏外三名は右当選の無効を主張して同年五月一四日下関市選挙管理委員会に異議を申立て、同委員会は同年六月二二日「昭和三四年四月三〇日執行の下関市議会議員一般選挙につき同年五月二日同選挙会の塩見久市の当選は無効とする」との決定をしたので、原告は更に昭和三四年七月七日被告に対し訴願を提起したところ、被告は同年九月一四日右訴願を棄却する旨の裁決をなし右裁決は同月一五日原告に送達せられた。

二、右裁決の理由とするところは要するに、原告は得票が一四八三・五八票で当選し鵜原滋(補助参加人)は得票一四八三票で次点となつたのであるが、長府開票区における無効投票中三票(後出(1)(2)(3))は鵜原滋に対する有効投票であり、一票(後出(4))は原告と候補者塩見道徳と按分票であり、原告の同開票区における有効投票中に一票(後出(20))は塩見道徳に対する有効投票、一票(後出(21))は同人との按分票を含んでいる結果、鵜原の得票は一四八六票となり、原告の得票は一四八三・三四票となるから二・六六票の差で鵜原滋が当選人となり、原告の当選は無効となると謂うにある。

三、しかしながら右裁決は以下の理由により違法である。

(一)  被告はその裁決において、長府開票区における無効投票中(1)(以下数字は検証調書添付の写真番号を示す)「うは〔手書き文字〕」(2)「ウラら〔手書き文字〕」(3)「うから〔手書き文字〕」の三票があつて右三票は鵜原滋に対する有効投票と認めたが、右はいづれもその表示が不完全で何人に投票したか全く選挙人の意思が明白でないから当然無効投票とすべきである。

(二)  右開票区における無効投票中に(7)「シゲタ久市〔手書き文字〕」なる一票がある。

昭和三四年四月三〇日施行の下関市議会議員選挙の候補者中に「シゲタ」なる候補者はいないから右は原告に対する有効投票と認むべきである。本件選挙と同時に行われた市長選挙の候補者「重田幸」なる者が居ることは争はないが、この投票は市会議員の投票用紙に記載され、なる程投票日及び投票場所等は同一であるが先づ市長の投票を行い、それがすんでから続いて市会議員の投票に移つている実状であつて市長候補と混記したものとは認められない。右投票は原告の住所である長府開票区の無効投票中から出たものである。「シゲタ」は明らかに塩見の誤記と見るべきが投票者の意思に合致する。久市なる名の候補者は他にいない。

(三)  彦島開票区における無効投票中に(9)「」なる一票がある。これは発音等において塩見に尤も類似し塩見として有効投票であつて、原告と塩見道徳に按分さるべきものである。

(四)  旧市第一開票区の無効投票中に(10)「塩見丈一〔手書き文字〕」なる投票が一票ある。これは久市の誤記で他にこれに類似する候補者がないから明かに有効投票と解すべきである。熊野丈一とは全然異る。

(五)  旧市第二開票区における無効投票中に(11)「」なる投票が一票ある。原告は株式会社溝口組の代表取締役であり土建業を営んでいることは有名である。候補者の中に塩見なる同姓が二人いるので溝口組の塩見即ち原告に投票する趣旨を明白にしている。投票者は原告の名を忘れたので念のためそうしたものである。塩見道徳は土建業でなく日本海技学院事務長で職業が全く異る。

(六)  長府開票区における鵜原滋の有効投票中(17)「ウバダ〔手書き文字〕」(18)「」(19)「うばだ〔手書き文字〕」の三票が混入されているが、候補者には植田五作、上田薫の二人が居り何人に対する投票か全く不明であるから無効投票と認むべきである。

(七)  補助参加人は長府開票区における原告に対する有効投票中に(12)「塩見友一〔手書き文字〕」(13)「」(15)「塩田久一〔手書き文字〕」(16)「」なる四票があり、これは無効であると主張するが、これはもとより有効である。即ち(12)は原告の名久市の誤記である。塩見道徳でもなく又他の候補者でもない。(13)は「う」の一字が多いようであるし、又抹消したような一字もあるが他事記載と認むべきでない。(15)は原告の氏名塩見久市が一と記載された外見が田と記載されたので全体として原告に対する投票と認むべきである。(16)の長府は原告の住所を記入したもので他事記載でないのみか、原告の名を明確に記憶していないので長府の原告に投票するつもりで特に記載したと認められる。原告に対する投票であること明白である。

四、これを要するに鵜原滋の有効投票は選挙会において一、四八三票と当初決定されたが、前記の如く長府開票区における同人の有効投票中に(17)、(18)、(19)の無効と認められる三票が含まれているのでこれを前記一、四八三票から差引くと同人の得票数は一、四八〇票である。これに反して原告の長府開票区における有効投票一、〇一七票から混入されている塩見道徳の有効投票一票及び「しおみ〔手書き文字〕」なる按分票一票計二票を引くと同開票区の原告の有効投票は一、〇一五票である。これに同区において無効投票とされていた(7)「シゲタ久市〔手書き文字〕」なる有効投票一票を加えると結局一、〇一六票となる。これに同区における塩見道徳と按分すべき二十票((4)「しみ〔手書き文字〕」なる按分票を入れゝば更に増す)があるのでこれを原告一、〇一六票、塩見道徳一二九票で按分すると一七・七三票である。これを前記一、〇一六票に加算すると一〇三三・七三票となる、更に彦島開票区における原告の有効投票三三票と塩見道徳の有効投票一七票を以て按分票四票を按分すると原告の按分票は二・六四票であるから同開票区の原告の有効投票は三五・六四票である。更に原告の旧市第一の有効投票二三七・三二票、旧市第二の同一五一・八九票があるのでこれに安岡開票区の原告の有効投票二七・五一を加えると以上合計原告の有効投票は一、四八六・一〇票となるから原告は六・一〇の差で当選人となる。よつて請求趣旨通りの判決を求める。

五、(立証省略)

被告代表者は主文同旨の判決を求め、答弁として次の通り述べた。

一、原告の主張事実中一、二の事実及び原告指摘の各投票の存在する事実は認めるが、その余の事実を争う。

二、(一)原告主張の(1)(2)(3)の三票はいづれも文字拙劣で脱字又は誤字があるが投票の記載全体からみて鵜原滋に対する有効投票と認められる。特にこの三票はいづれも投票用紙の裏面に記載されていることからしても投票した選挙人の文字に対する智識の程度が窺われる。

(二)(7)「シゲタ久市〔手書き文字〕」なる投票は「シゲタ〔手書き文字〕」と明記されており「シゲタ〔手書き文字〕」の姓を有する「重田幸」が本件選挙と同時に執行(同じ投票所で二つの選挙の投票が行われた)された市長選挙の候補者に居り、本件選挙の各開票区の無効投票のうちに市長選挙の当選人である「福田」や右「重田」「シゲタ」又は「しげた」の記載された投票が多数あつたことからして、この投票を原告の有効投票と認めることはできない。なお本件選挙の候補者中「重村三男」及び「倉重達郎」があり又氏の一部に「た」のつく者が数人いたことからもこの投票を無効とした開票管理者の決定に誤りは認められない。

(三)(9)「」の投票は「シゲミ」とはつきり読むことができ原告の氏「シオミ」の「オ」を「ゲ」と誤記したものと認めることは到底できない。候補者中「重村三男」「鵜原滋」が居り同時執行した市長選挙の候補者中にも「重田幸」がいたことからしていづれの候補者に投票したものかの選挙人の意思が明白でない。

(四)(10)「塩見丈一〔手書き文字〕」の投票は候補者のうちに「熊野丈一」がいたことから無効と認めるほかはない。

(五)(11)「」の投票は「塩見道徳」と明確に記載されておりその左に「溝口組」なる記載があるからと云つて塩見道徳と明らかに記載されている投票を原告の有効投票と認めることは到底できない。溝口組に関する原告の主張事実は不知である。

(六)(17)、(19)の投票は候補者のうちに植田五作、上田薫の二人がいたとしても鵜原滋の氏の読み「うばら」の「ら」は「ダ」と誤つて発音されることはしばしばあり得ることで鵜原滋の氏を記載したものと判断するのが相当である。(18)の投票は記載された文字が拙劣であるが、その記載全体から見て「鵜原滋」と記載したもので鵜原滋の有効投票であるとした開票管理者の決定は相当である。

以上のように原告の主張はいずれも理由がないので被告の裁決に誤りはない。

三、(立証省略)

被告補助参加人は、参加人は昭和三四年四月三〇日執行の下関市議会議員選挙の立候補者にして当選人であり本訴訟の結果につき利害関係があるので被告を補助するため本申立に及んだとして次の通り述べた。

(一) 原告主張の(1)(2)(3)の三票はいづれも「うばら」に通じ且つ他にまぎらわしい候補者名はいない。文字の拙劣、脱字について、特に長府地区には労働者が多く、参加人は労働組合を支持層として居り鵜原滋は非常にむづかしい文字である点に鑑み平がな片かな交りはやむを得ない。

(二) (7)(9)(10)(11)各投票の無効理由については被告の主張と全く同じなのでこゝにこれを引用する。

(三) (12)の投票は友一となつて居り久市とは異る。(13)の投票は判読不明と云う外はない。(15)、(16)の投票はいづれも塩田となつているが田と見は発音も系例も似ていない。特に(16)は達筆で誤字とは思われない。又前市会議員藤田久一の誤記ともとれる。以上四票は無効である。

(四) (17)、(19)の投票は「うばら」に通ずる。他の候補者植田、上田は鵜原より字が易しく且つ発音がウ(バBa・エe)とうばらに通じバとエとは全く発音系統が異る。特に下関方面ではダはラに通じ「クダサイ」を「クラサイ」と言う。要するに鵜原と云う字が難しいので片カナで「ウバダ」と書いたのである。(18)の投票は鵜原滋に近似し鵜原滋と読み得る外他にまぎらわしい名はない。

理由

原告の主張事実中一、二の事実については当事者間に争がない。しかして、原告は(1)、(2)、(3)、(17)、(18)、(19)の各投票は鵜原滋(補助参加人)に対する有効投票ではなく無効であり、(7)、(9)、(10)、(11)、(12)、(13)、(15)、(16)の各投票は原告に対する有効投票であると主張し、被告及び補助参加人はこれを争つているので以下順次これを判断する。

(一)  (1)「うは〔手書き文字〕」(2)「ウラら〔手書き文字〕」(3)「うから〔手書き文字〕」は検証の結果によると長府開票区の無効投票中に存在したものであるが(1)(3)は文字拙劣、脱字又は誤字があるが記載全体から見て鵜原候補の有効投票と認めるのが相当である。(2)は片かなか、平かなか、その混交か、結局何者を指しているか判読不能で鵜原候補の有効投票とするわけにいかないし無効投票である。

(二)  (7)「シゲタ久市〔手書き文字〕」は検証の結果によると長府開票区における無効投票中の一票であるが、同時施行された市長選挙の市長候補者中に「重田幸」なるものがあつても「重田幸」よりも「塩見久市」の方に類似性多く、しかも市会議員選挙の投票用紙に記載されている以上その記載に類似する名を有する市会議員候補に対する有効投票と認めるのが相当であるから原告塩見久市の有効投票と認める。

(三)  (9)「」(10)「塩見丈一〔手書き文字〕」(11)「」は検証の結果によると夫々彦島地区、(旧市第一旧市第二の各開票区無効投票中に存在した三票であるが(9)は他に重村、滋、前示重田幸等類似の氏名があるので原告塩見久市に対する有効投票とすることはできない。(10)は他に候補者熊野丈一の氏名がありいづれを優先さすべきか不明であり、(11)も溝口組が当時原告が代表していた株式会社溝口組であること原告本人尋問の結果により明かであるが道徳と久市の何れを指しているか確認できない。(10)(11)いづれも原告の有効投票とすることはできない無効投票である。

(四)  (12)「塩見友一〔手書き文字〕」(13)「」(15)「塩田久一〔手書き文字〕」(16)「」は検証の結果によるといづれも長府開票区の原告に対する有効投票中に存在したものであるが、いづれも最も塩見久市に類似した氏名と判読できるから原告の有効投票として相当である。

(五)  (17)「ウバダ〔手書き文字〕」(18)「」(19)「うばだ〔手書き文字〕」は検証の結果によるといづれも長府開票区の鵜原滋候補の有効投票とされたものであるが、(18)は全部誤字ではあつても鵜原滋を名指したものと判読できる。(17)、(19)は他に植田五作、上田薫なる候補者はあるが鵜原と比較すると発音上からもウバラに通じて近似性があるから鵜原滋の有効投票と解するのが相当である。

以上要するに長府開票区の無効投票中(1)、(3)は鵜原滋に対する有効投票であり、(7)は原告に対する有効投票である。その外に同開票区の無効投票中に(4)「しみ〔手書き文字〕」なる塩見の按分票を含んで居り、同開票区の原告の有効投票中に(20)「塩見道徳〔手書き文字〕」即ち塩見道徳候補の有効投票を含み、(21)「しおみ〔手書き文字〕」なる同人等の按分票を含んでいることは被告委員会の裁決において採用し原告において争わないところであり、右判断は当裁判所もこれを正当と認める。

以上の認定事実と成立に争のない甲第四号証の一乃至五(開票録)を参酌して計算すると得票数は次の通りとなる。即ち鵜原滋の長府開票区における有効投票一〇八八票中に前記(1)(3)の有効投票を加えると同人の得票は一〇九〇票となりこれに他の開票区の有効投票三九五票を加算すると同人の得票は一四八五票となる。しかるに原告塩見久市については長府開票区における有効投票一〇一七票から前記(20)(21)の二票を減じて(7)を加えると一〇一六票となり、この外同開票区で塩見道徳との按分の対象となる投票が一九票ありこれに前記(4)(21)の二票を加えるとこの投票は二一票となり、この投票から原告に按分する投票一八・六三票を前記一〇一六票に加えると一〇三四・六三票となる。これにその他の開票区の有効投票四四九・七一票を加えると同人の得票は一四八四・三四票となり鵜原滋の得票より〇・六票少いことゝなる。従つて得票数の上からすれば鵜原滋が当選人となり原告の当選は無効となる。

原告の当選を無効と認めた被告委員会の裁決は得票差の認定に多少の違いはあつても結論において相当であり、原告の本訴請求は理由なきに帰するからこれを棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 岡田建治 佐伯欽治 松本冬樹)

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